自分らしくあるということ
人にはそれぞれ「その人らしさ」というものがある。
自分では飾ったり、カッコつけたり、見栄を張ったりしてみても、人からみたその人の本質はあまり変わらない。
まだ飾ってるという時は、どちらかというと自信がある方なので、本人的には苦しくはないが、逆の場合は苦しいもの。
逆というのは、自信をなくした時だと思う。
利己的に自分の事を中心に考えている時には自信を失うことはない。
でも、家族とか仲間とか周りのことを考え出した時、人は自信をなくしやすくなっていく。
なぜ、周りのことを考え出すと自信がなくなっていくか?
それは人に合わしている内に自分を見失っていくからだと思う。
若い時は自分の事だけを考えて好きなようにやっていても周りは認めてくれる。
許されているという方が正しいかもしれない。
10代20代が輝いて見えるのは、自分らしくしているから。
ある意味自分達がすべてで大人も社会も関係ない。
自分を中心に地球が廻っていると思える頃が誰にでもあったと思う。
でも、大人になっていくにつれ、色んなしがらみが出来てきて、自分の思うようにはいかなくなってくる。
組織に合わし、周りに合わし、家族に合わし、色んな調整が必要になってくる。
大人になればなるほど、周りとの協調をはからなければ、物事がスムーズにいかなくなり、周りを気にするあまり、自分を見失っていってしまう。
それでも相手が自分の行為や気持ちを汲んでくれれば救われるが、ほとんどの場合は、受け入れられるどころか拒否されてしまう。
逆に否定されることの方が多いかもしれない。
否定されると「分かってほしい」とますます相手に合わしてしまう。
そうなるといつしか自分を見失い、自信を喪失してしまう。
いい人ほどうつ病になりやすいのは、相手を思いやる優しい気持ちが否定され、心が折れてしまうからだと思う。
でも自信をなくした時は、本当はチャンスだと思う。
それを乗り越えて、相手のことは気にせず自分らしくいられるようになった時、その人の役割、もっと言えば「生まれてきた意味」を知る。
自信をなくすきっかけは人それぞれ。
他人から見たら「そんなことで!」ということでも、当人にとってはエベレストより高い壁が立ちはだかっている。
よく「事故で死にかけて、自分が何のために生まれてきたか気づいた」とか「借金を30億かぶって、生きる意味に気づいた」とかいう成功者がいるが、本当は石ころでつまずいただけで気づける人の方が凄い人だと思う。
人から見たら「そんな経験をしたのによくここまで」と思うかもしれないが、その人はそれだけのことが起こらなければ気がつけなかったのだと思う。
これは決してそういう人を馬鹿にしているわけではなく、自分の事を照らし合わせてみて感じること。
もっと些細なことで気がついていたら、周りにあんなに心配かける必要もなかっただろうし、傷つけることもなかったと自責の念から思うことである。
小さなことでクヨクヨしているからと見捨てずに、共に寄り添って歩いてあげる。
でも転んだからといって、すぐに手は差し伸べない。
自分の力で立ち上がれるように見守ってあげる。
そんな優しさと厳しさが人を育てる上では必要だと思う。
その微妙なバランスが難しいが・・・。
それぞれの個人は甘えず自立し、でもお互いがお互いの成長を助け合え、支えあえる。そんな社会を実現したい。
みんなが「自分らしく」あること、それが第一歩だと思う。
まずはうちがその手本になれる会社にならなくては!カワキタ、がんばれよ!