2009年10月23日
善意を信じる
自分が完璧だと思っていた頃、電気の消し忘れ、蛇口の締め忘れ、何かのしまい忘れが等があると、絶対自分以外の誰かのせいで、誰かと思われる人をトコトン責めた。
基本的に人には、自分を認めてほしいという欲求がある。
その欲求は人からほめられる事で満たされる。
だから、人の役に立ちたい、人を喜ばせたいと思うのだろう。
善意が基本にあるなら、わざわざ誰かを怒らそう、困らせよう、嫌な思いをさせてやろうと思って、何かをしたり、言ったりする人もほとんどいないはず。
本人はちゃんとしているつもりなのだが、うっかりしたことで、誰かを怒らせたり、困らせたりという結果になってしまう。
昨日、新幹線の座席の前の網の中に飲み終えたペットボトルを忘れてきた。
次に座った人は、「ゴミくらいちゃんと捨てとけ!」と思っただろうな。
ごめんなさい。
これからは自分が座る席にゴミがあっても「慌てて降りて忘れたんだろうな。」と好意的に考えるようにしよう。