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2004年10月1日

コラム 2004年10月

2004/10/30 (土) 「新潟中越地震被災地からのメール」

「社長のビタミン・一日一語」というメールマガジンより、以下のようなメールが届きましたので、原文のまま紹介します。

『どうか助けて下さい。
小千谷市役所、小学校での救援物資の配給や、炊き出しなどを手伝っていますが、現場はまだまだ混乱しているし、人出も足りていません。
そんな状況下で、マスコミの取材陣が50人近く現場付近を陣取っています。
小千谷市役所の正面に車を止めている為に、救援物資を運ぶトラックは遠くに止めることしか出来ず、ボランティアの人達がせっせと現場に物資を運んでいますが、報道陣はそれを手伝う気配すらありません。
心労と肉体的疲労が積もっている被災者の方々に当然のようにマイクを向け、24時間カメラをまわし続ける神経もさっぱり理解できません。
現地では今、「大人用の紙おむつ」が不足しています。
「赤ちゃん用おの紙おむつ」は足りています。
あとは、トイレが使えなかったり、下着を替えられなかったりするので「パンティライナー」があると重宝しますが、こちらではもう品切れで手に入りません。P&G、花王、ネピアなどの紙おむつメーカーに電話をして、現状を伝えてください。
夜の寒さが厳しいです。
お年寄りは使い捨てカイロをもむことすらできないので「貼るカイロ」が必要です。
マスコミの仕事は、こういった情報を伝えることだと思うのですが‥。
今日はこのあと、小千谷小学校に小泉首相が来るということで、マスコミ報道人の数はさらにふくれあがり、「毛布の配給が出来ないので、小泉さんが返るまで待つように‥」という連絡が入りました。
一体何の為の視察なんでしょう? 午前中にも数名の政治家さんが小学校に来ましたが、トイレはどこかとたずねられ、仮設トイレを案内したところ「私に仮設トイレを案内するつもりかね?」と、言われたそうです。
いったいこの国は、どうなっているんでしょう?
現地では、大人用の紙おむつと、パンティライナー、貼るタイプのカイロを必要としています。
これらの商品を販売している企業の「お客様相談室」宛てにメールを送ったり、電話をかけたりして、「小千谷市の被災者が求めているもの情報」を、伝えてください。
あなたのblogやHPの中で、ただ伝えるだけでかまいません。
皆さんの声が企業や行政を動かします。
マスコミは頼りになりません。
マスコミに対しては、どうか支援活動の妨げとなり 被災者の心労を倍増させる今の取材のやり方についての抗議の声をあげてください。
あまりにひどい状況です。
小千谷市にも、続々と個人の方からの救援物資が届いています。
有り難うございます。
しかし、それを種類別に分けて、配布する人出がありませんので、以下の点に注意して送っていただけると大変助かります。
段ボールには、外側に「毛布」「洋服」「下着」など、中身を大きく書いて貰えると助かります。
靴下1足、下着1枚でも有り難いのですが、もし出来ればご近所の方と声を掛け合って、ある程度まとまった数があると、とても助かります。
送り先の住所はこちらです。
〒947-8501 新潟県小千谷市城内2-7-5 小千谷市役所あて
お手数をお掛けしますが、宜しくお願い致します。』

ここまでがメールの本文でした。
このメールを読んで目頭が熱くなると共に、怒りと悔しさが込み上げてきました。
何の為に会社を大きくしたいのか、究極は何を目指しているのか、今の気持ちを持ち続けて、意味のある会社にします。

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2004/10/29 (金) 「気楽に生きる」

みんなが周りの人達と良好な関係を築きたいと思っていると思うのですが、なかなか思うようにいかないのが現状だと思います。

誰かのために良かれと思ってした事が逆に迷惑がられたり、自分では冷たく接した事が別に何とも思われていなかったりします。

相手の事を考えてみても、本当の相手の気持ちなんて分かるわけがありません。
その分からない気持ちを自分で勝手に思い込んで相手の側からみた自分を作ろうとするから無理があるのです。

自分を中心に、自分がストレスなくいつもニコニコできる心の状態を作っておくのが、良好な人間関係を作る基本です。

変に自分をつくろったりすると、本当は自分と合わない人が周りに増えて、全然楽しくない環境が出来てしまいます。
いつも自分に素直に正直に表現していれば、自然と自分の周りには自分と気の合う人が集まってきて、いつも楽しく気楽な環境が出来ていきます。

自分勝手に聞こえるかも知れませんが、周りからブーイングが起きようとも自分が楽しかったらそれでいいのだと思います。
気楽に生きていきましょう!

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2004/10/28 (木) 「便利と引き換えに」

先日、突然携帯電話の電源が切れて、それっきり復活不能になってしまいました。
翌日、ショップに行き点検してもらったところ、やはり復活不能で、幸い保障期間内だったので新しい電話には変わったものの、メモリーは取り出すことが出来ませんでした。

その後、電話が掛かってきても、普通に画面に名前などが表示されれば、「毎度!」とか出るのですが、すぐには誰かわからないので、友人・知人でさえよそよそしい対応になってしまいます。

便利になればなるほど、それが当たり前になり、頼りきってしまいます。
昔なら電話番号も暗記していたものですが、すっかり記憶には残っていません。

日々の仕事でもパソコンはなくてはならない存在ですが、電気がなかったらそもそもただの箱です。
もしある日突然使えなくなりデータも消滅してしまったら、こんな小さな会社でさえ大パニックになります。
そんな事が地震のように地域的に起こったら・・、大変なことです。

原始時代にわざわざ戻る必要はないですが、今のような便利な時代に生きられる事に感謝しつつ、万一そんな時代になっても、心穏やかに生きられる心の備えが必要だと思います。

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2004/10/27 (水) 「誠意」

昨日、まだ買って一年しか経っていない新車のトラックが故障しました。
オートマチックがうまく作動せず、途中で走らなくなってしまいました。
一週間前も同じ現象があったばかりでした。

このトラックは納車前から色々と不具合があり、これまで何度となくディーラーとやり取りをしてきましたが、あまりの対応の悪さに怒りさえ覚える程です。

どれだけ細心の注意を払っても、人間にミスはつきものです。
100%完璧はあり得ません。
でも相手にしたらミスは許されません。

ミスをした時、本当に迷惑をかけて悪かったという思いがあれば、それが態度として現れます。
思いがあって初めて相手に伝わります。

20代の時は、誠意の意味がわかりませんでした。
失敗しても、とりあえず謝りはするものの、それ程「悪いことしたな」という思いはなかったような気がします。
よく「そこまで言わんでも」「そこまで怒らんでも」と思っていました。

そんな自分も、相手に誠意のなさを感じる事で、ようやく誠意の意味が分かってきました。

人間は体験して感じて成長する動物だとつくづく思います。相手に今の自分と同じような不快な気分にさせないように、誠意ある対応をしていきたいと思います。

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2004/10/26 (火) 「選択」

私達は日々、何かを自分で選びながら生きています。

朝、目が覚めて、起きるか起きないかの「起きる」を選んで起き、顔を洗うか洗わないかの「洗う」を選んで洗い、ご飯を食べるか食べないか「食べる」を選んで食べています。

習慣になっているものはいちいち選んでいるとは思っていませんが、気づかない意識の中では選んでいます。

どんな事でも自分ですべて選択しています。好い事も嫌な事もすべては自分で選んだ事です。

過去だけでなく、未来も選択していきます。
これから話す一言や行動で、その先に繋がっている未来が変わっていきます。

でも自分以外の誰かの行動や言動が、自分に影響することもあると思います。
その時は自分の捉え方を変えれば、自分の未来も相手の未来も変わっていきます。

物事には裏と表、長所と短所、光と影、それぞれ二面性があり、どちらを見るかはその人次第です。
起きた現象に意味をつけているのは自分です。

今まで見ていた面と違う面を見るのは、それ程難しいことではありません。
その差は「紙一重」少し角度を変えるだけです。

ようはどういう自分になりたいか、どこを変えたいか、自分の行きたい方向を決めれば、後はその方向に進むにはどっちがいいかを選ぶだけです。

どちらを選択しなくてはならないはありません。
何をどう選択しようが自由です。
すべては自分が選択したいように選択した結果を自分が受け取るだけの事です。

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2004/10/25 (月) 「今を生きる」

今年は、自然災害が本当に多い年です。
23日に、震度6という大地震が新潟を襲いました。
その後も余震が続き、避難している人が8万人位いるそうです。

しかし、こんなにすごい事が起きているというのに、まだ自分自身の問題として捉えられていないのが現状です。
水や食料の確保、また、家具の配置や寝る場所なども気をつけなければとわかってはいるのですが、未だまだピンときていません。

阪神淡路大震災の時、形では義援金を送ったりしましたが、被災者の方々を本当に心からお気の毒にという思いがあったかというと、?でした。
どちらかというとそう感じない自分を情けなく思いました。
そういう自分をあきらめた時、なぜか「今を生きる」という事を強く思いました。

災害や事故は、ついさっきまでは普通に何もなく過ごしていたのに、何の前触れもなく突然、それが起きた瞬間から世界が変わってしまいます。
だから普通に暮らせていることに感謝して、自分がいる「今」を大切にしたいと思います。

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2004/10/23 (土) 「感じた事を素直に伝える」

相手の事を傷つけてしまうのではないかという思いから、感じた事を素直に伝えるのではなく、ちょっとアレンジして伝えてしまう事があります。
そうすると相手にちゃんと伝わらないばかりか、自分にもフラストレーションがたまります。

でも、よくよく考えると相手を傷つけるのが怖いのではなく、それを言った時、相手が自分の事をどう思うか?悪く思われたくないという想いが元にあるような気がします。

どんなに相手の事を考えて伝えたところで、相手がどう捉えるかなんてわかりません。
同じ人でもその時の気分によっても捉え方が変わってきます。

それなら、自分の心の中はいつもクリアーである事だけに集中した方がいいと思います。
自分の心に余裕があれば、本当の意味で相手を気遣った言い方も出来ます。

最初は少し勇気がいりますが、感じた事を感情的にならず感じたまま素直に伝えていくと、やがてイライラから開放され、穏やかな心を感じる事が出来るようになっていきます。

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2004/10/22 (金) 「記憶をたどる」

生まれてから今日まで、いろんな経験をしていろんな事を感じてきました。
喜んだり悲しんだり悔しかったり感情が伴った事は意外と記憶に残っているものです。

子供の頃に素朴に疑問を持ったことを聞いた時に「子供は知らなくていいの!大人になればわかるの!」と言われたような経験は誰にでもあるのではないでしょうか?詳しい内容については覚えていませんが、その時は腑に落ちずにもやもやしたままだったような気がします。

自分が親になって、子供に対してそう言いそうになる場面に出くわした時、「こういう時に言われたのか!」とその記憶がよみがえりました。
親側に立つと、説明できなかったり、説明するのが面倒臭い時にそう言ってしまうようです。

自分はその時、子供に対してなんとか説明しましたが、もしその時に子供の頃に言われて腑に落ちなかった記憶が残っていなかったら、わが子にも同じように「子供は知らなくていいの!」と言っていたかもしれません。

仕事をしていく上でも同じ事が言えます。
学生から社会人になって、最初は分からない事だらけです。
一流企業の社長も最初から分かっていた訳ではありません。
経験を重ねて学んできたのです。

でも、ある程度年月を過ぎると、新人だった自分を忘れてしまいます。忘れて今の自分の基準を相手に求めてしまいます。

小学生に40歳になって分かったことを説明しても分かるはずがありません。
でも遠い記憶をたどれば逆は分かるはずです。

人を育てるには、見守るしかありません。
経験を元にアドバイスは出来ますが、その事を本当に分かってもらうには、本人が体験するしかないのです。

かつて自分はどうだったのか?
自分の事を棚に上げないように、記憶をたどる事も必要だと思います。

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2004/10/21 (木) 「サイホン効果」

考え事を整理したい時に、とりあえず思いついた事を書き出していくというのは有効な手段です。
一通り書き出していくと、書き出すまで思い浮かばなかった事に気が付きます。
意識下にあったものがなくなっていくと無意識だったものが湧き上がってきます。
これをサイホン効果と呼ぶらしいです。

このコラムも続けていると、今まで気づかなかった視点に気がついたり、考えをまとめるのが早くなったりします。

なんでも経験してみないとわからないと思いますので、とりあえず試してみてはいかがでしょうか?

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2004/10/20 (水) 「衣食足りて礼節を知る」

マズローの欲求段階説というものがあります。
これは人間の欲求を五段階に分け、第一段階の欲求がが満たされると第二段階の欲求が生まれ一階層ずつ上に行き、第五段階が人間の最後の欲求という考え方です。

第一段階は、生理的欲求。空腹を満たすなど生きる為の最低の欲求。

第二段階は、安全の欲求。
今の生活を安定的に継続したいという欲求。

第三段階は、親和の欲求。
集団の中の一員としての信頼関係を築き、自分の居場所みたいなものがほしいという欲求。

第四段階は、自我の欲求。
金銭や地位、また感謝されるなど人から認められたいという欲求。

第五段階は、自己実現の欲求。
自分というものを確立し、自分らしい生き方をしたいという欲求。

近年の日本であれば当たり前のように第二段階までは満たされていました。
それが当たり前で第三段階・第四段階にいっている人も多くいます。

でも第一段階と第二段階が当たり前と思っている間は、いくら第四段階までいっても、次の第五段階にはいけないと思います。
なぜなら、そこには感謝の気持ちがありません。

また、最近では第二の安全の欲求は怪しくなってきているような気がします。
ニュースでは悲惨な事件が連日放送され、また、自然災害も多くなってきています。

第一の生理的欲求が満たされて当たり前ではなく、満たされている事に感謝できる人が増えなければ、この欲求を満たす事さえ危ういものになるような気がします。

これは一個人だけでなく法人にも当てはめられるような気がします。

第一段階 スタッフを何とか食べさせられる事が出来るレベル。

第二段階 スタッフが安心して仕事に取り組める環境が出来るレベル。

第三段階 会社はスタッフを大切にし、スタッフは仲間や会社を大切にする関係が築け、取引先や仕入先とも信頼関係が築けたレベル。

第四段階 会社として売上利益も上がり認知度も高まって、スタッフにも高待遇を与えられるレベル。

第五段階 お客様に感動を与えるようなサービスを提供することができ、その事がスタッフの喜びにも繋がっているレベル。

いずれの場合も、最低第二の欲求まで満たされていれば、その事に感謝し、人に役立つことや周りが喜ぶことを行っていれば、自然と後は授かるものだと思います。

会社的にはまだ第二段階を満たすところまで行きませんが、確実に足元を固めていきたいと思います。

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2004/10/19 (火) 「一歩の違い」

目的地がわかって進み始めても、人それぞれ歩幅も違えば進むスピードも違います。
大人もいれば子供もいます。

例えば家族でピクニックに行って、近くにある小高い丘の頂上まで登ろうという事になりました。

途中、小さな川がありました。
橋は架かっていないのですが、大人ならちょっと飛べば渡れそうな川幅です。
でも、家族の中には幼児がいます。
抱っこして飛ぶには川幅が広すぎます。

この時にお父さんが子供に対して「なんで飛べないんだ!」と怒ることはまずないと思いますが、一般社会では怒っている人はたくさんいます。

年齢は20歳でも40歳位の考えをした人もいれば、実年齢は50歳でも5歳の子でも分かる事が分からない人はたくさんいます。

仕事の上でも、能力の違いと言ってしまえばそれまでですが、人によって得意な部分もあれば、不得意な部分もあります。
自分にとっては10歩で到達することも、ある人には100歩掛かることかもしれません。

人を導いていくには、自分の歩幅を理解することはもちろん、相手の歩幅を理解した上で、一歩づつ確実に進めるように導くことが必要だと思います。

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2004/10/18 (月) 「壁」

自分の思い通りに進まなくなった時、それが「壁にぶち当たった」時だと思います。

最初の内は周りに原因があるのではないかと考えます。
あの人がこうしてくれたら、環境がこうなったら、自分の外ばかり目につきます。

それ程大きな壁でない間は、比較的簡単に越える事が出来ます。
仮に越えなくても壁が小さい内は何とか見てみぬふりをして過ごす事が出来ます。

でもいつまでも人や環境のせいにしていると、壁はだんだん大きくなっていきます。
だんだん目障りにもなってきます。
そしてますます越えるのが難しくなっていきます。

相手が自分の意のままに動かない、当たり前の事です。
でも、相手のせいにしている間はある意味幸せなのかもしれません。
なぜなら、その時は自分に自信があります。
自分は正しくて相手は間違っている、自分は色んな意見も聞いているが、その上で判断しても相手がおかしいと思っています。
相手が変わったら何もかも順調に行くと思っています。

気づくべきことに気づかないでいると、ますます状況は悪化していきます。
そして変わらざるを得なくなるところまで行き着き、ようやく本当は自分が変わらなければいけないという事に気づきます。

実はそこからが壁を越えるか越えられないかの正念場です。
自分が変わらなければと理屈では分かり始めるのですが、自分をコントロール出来ない自分に気が付きます。
弱い自分に気が付きます。

それまでの傲慢な自分に気がつき、自信さえなくしかけてしまいます。
思い通りにならない自分に苛立ちを感じます。

自分自身で体験して感じて、初めて自分のものになります。
人の弱さを知り、弱い自分を受け入れ、その上でありたい自分をイメージ出来て、そのイメージに進み始めた時、壁が壁でなくなるような気がします。

これからも壁はやってくると思いますが、謙虚に素直に正直に見つめ受け止められる自分でありたいと思います。
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2004/10/14 (木) 「自覚」

トラックも増え、荷物の積み替え作業も頻繁になってきて、駐車場等が手狭になってきたので、色々と場所を探していたのですが、なかなか手頃な所もなく、まだ時期じゃないのかな?という思いの反面、早く広々とした所に移りたいという一種の焦りを感じていたので、今日、風水占いに行ってきました。

結果は、無理せず焦らず時期が来たらなるようになる、というような事でした。

占いを信仰する事はなく、誰かの占いだけという事もなく、時々、自分の思いを確認するという感じでみてもらったりします。

そんな感じで今回も自分自身の性格的な事もみてもらったのですが、大体自分の性格は把握できているな、と感じました。

今、経営計画・経営戦略や心理学を勉強し、今回のように占ってもらう事も、一見何も繋がらないバラバラの事ように思いますが、すべて出発点は同じです。
つまりまず「自分を知る」という事です。

せっかく夢や目標ができても、今自分がどこにいるのか分からなければ、どっちに向かったらいいのかさえわかりません。
また、とりあえず進む方向がわかって進みだした時に起こるイレギュラーな出来事にも対応できるように、自分の癖やパターンを知っておくのも必要です。

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2004/10/12 (火) 「どん底もまたよし」

今からちょうど2〜3年前、自分のこれまでの人生の中では、どん底を這っていました。
仕事もプライベートもガタガタ、何より自分の気持ちをコントロールすることが出来ませんでした。

でも、そんな底の時代があったからこそ、ちょっとした事に喜びを感じたり、感謝する気持ちが増えたのだと思います。

もしあのまま底を見ることもなく順風満帆に行っていたらと思うと、恐ろしくさえあります。

調子のいい時には、あまり気付かない事も、気持ちがへこんだり落ち込んだりすると、痛いほど感じる事があります。
そんな時に、知らず知らずに誰かを傷つけていたことに思い知らされたりもします。

人から見た状況はどうであれ、自分の中の弱さに直面し、悩み苦しみながらも、すべてを受け入れ乗り越えられた時、優しさと強さを持ち合わせた人になれるのだと、色んな人に出会うたびに思います。

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2004/10/09 (土) 「本分」

物流業界では、3PL(サード・パーティー・ロジスティックス)やサプライ・チェーン・マネジメントという事をよく言われます。
簡単に言えば、倉庫屋が倉庫だけ運送屋が運送だけを考えるのではなく、お客様の物流をトータル的に無駄なく効率のよいものを提案し維持管理していく仕組みというところでしょうか。

今までの運送業者や倉庫業者が業態を変化する場合もあれば、商社やコンサルタン会社が運営しているという場合もあります。

また、それらのコーディネイトをしている会社以外でも、中堅〜大手の運送屋では、自社のトラックを増やさず、外注(傭車)を増やしていく傾向にあります。

運送屋の本分は荷物を運ぶことです。倉庫屋の本分は倉庫で荷物を保管する事です。
それらをしていく上で、今まではあまりお客様のニーズを気にしてこなかったから、3PLとかが画期的なシステムのように捉えられていますが、お客様の事を真剣に考えれば当たり前のことだと思います。

どんな業種でもそうですが、アウトソーシングが大流行です。でも、今のアウトソーシングの流れは、自社で社員を抱えるとコストが高くつくし、将来的な雇用も考えると外注しておこうというのが本音の部分ではないでしょうか?

本分で勝負するために、本分でない部分をコストは高くつくが本物のプロフェッショナルに頼む、これが本当のアウトソーシングだと思います。

どんなカッコイイ言葉に代えても、運送屋は運送屋です。
預かった荷物を預かったままの状態で約束通りに運んでナンボの世界です。本分があってそれに何を肉付けするかです。

あまり難しく考えず、本分を全うする事に全力を尽くしたいと思います。

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2004/10/08 (金) 「人間のエゴ」

今朝、全国的に熊の出没が相次いでいるというニュースをみました。

昨日、柿の木に登って柿を食べていた熊は近くに民家があるということで射殺されたそうです。

何の罪もない熊を、人間に危害を加える悪いもののように、普通に報道していることに、何か恐ろしさを感じました。

会社の駐車場によく猿がいます。
自宅付近でも子供の頃は見なかったのに最近ではたまに猿が出没するようです。

どちらも今まで山だったところに道ができました。
山を切り開いて団地もできました。
きっと食べるものが無くなって、人里まで出てきたのでしょう。

もし、動物達が人間と同じような考えや行動が出来たら、そこら中で戦争が起きています。

人間同士でも同じ事が起きていました。
アメリカにはもともと先住民族(インディアン)が住んでいました。
ヨーロッパから移住した人達は、先住民族を人間に危害を加える生き物のように、次々とその人達を殺していきました。

何年か前「ダンス・ウイズ・ウルブス」という映画を見たとき、人間のエゴに、怒りと悲しみを感じました。

人間が人間を殺す。戦争に正義は存在しません。

ほんの少し前までこの日本で水が商品として売られるなんて考えもしないことでしたが、今ではごく普通のことになってしまいました。

今はまだ、普通に何もつけずに外に出ることができますが、そのうち何かもっと体を覆うものを着けなければ、外にでられなくなり、いつか空気も買う時代が来るのかも分かりません・・・。

今のまましていたらそんな時代がくるかもしれないのに、お金という価値を得る為だけの生き方に何の意味があるのでしょう。

最近、地震・台風・大雨・雷など自然災害が頻繁に起こっています。
これは人間に何かを警告しているのだと思います。

「もっと、もっと、あれもほしい、これもほしい。」と求めだせば人間の欲求に限界はありません。

みんなが、何でもないことに喜びや幸せを感じる事ができ、普通に何もなく過ごせる事に感謝し、すべては満たされているという実感を持って暮らしていれば、穏やかで平和な世の中になると思います。

一日も早くみんなが安心して平和に暮らせる世の中になるように、出来ることから一歩ずつ確実に足跡を残していきたいと、心に深く刻む毎日です。

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2004/10/07 (木) 「疑問を持つ」

何かを指示や要望された場合、何も考えずにそのまま行動を起こすと、逆に注意を受ける事があります。
それは相手がしてほしい事を理解したのではなく、単に相手のいう通りに動いただけだからです。

指示や要望を出す側は「ここまで言えばわかるだろう。出来るだろう。」という思いが心の奥にあります。
しかし、やった結果をみた時、「えっ!???」とめまいがしそうな事もあります。

例えばお腹を空かした人に、インスタントラーメンを「食べれば。」と袋ごとあげたとします。
もらった人は初めてラーメンというものをみました。
どうやって食べるのかわかりません。

普通は、食べ方を聞くか、食べ方が書いてないかをみます。
でも、何も疑問を持たない人はそのままバリバリ食べてしまいます。
ひょっとすると袋ごと食べているかもわかりません。

これは極端な話かと思いますが、仕事をやっているとこれに近い事はあるような気がします。

何事にも疑問を持つことは大切です。

特に必要もないのに慣習や習慣でやっていることもたくさんあります。

今やっていることが本当にやるべき必要なことなのか?
望んでいる本質は何なのか?
理解したことは正しいのだろうか?
なぜこんな感じをしたのだろうか?
なぜ?なぜ?  子供は「なぜ?なぜ?」
を繰り返して成長していきます。

大人になってもそんな気持ちを忘れないようにしていきたいものです。

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2004/10/06 (水) 「笑顔が一番」

今日は朝から昨日思った事を実行し、スッキリして晴れやかな気分の一日でした。

社内の空気も穏やかな感じがし、みんなが楽しく仕事をしていることに幸せを感じました。

笑顔でいると笑顔が返ってきます。
笑顔が返ってくるとより楽しい気分になっていきます。

楽しいときは、いろんな事がスムーズに回るような気がします。
発想もいい発想が浮かぶような気がします。

怒りたいときには怒る。
泣きたいときには泣く。
悪いことをしたら恥ずかしくても素直に認めて謝罪する。
いつも自分に素直に正直にいる事が、笑顔でいる時間を増やす一番の近道のような気がします。

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2004/10/05 (火) 「やっぱり元は自分」

先週の金曜日、ある社員の一言にプチッときて怒ってしまいました。
でもよくよく考えてみると、なぜ腹がたったのかわかりませんでした。
その社員が感情的にぶつかってきた訳ではなく、また侮辱するような言葉を発した訳でもありません。
普通の会話のやりとりでのひと言でした。

その日から今日まで毎日その事について「なぜだろう?」と考えてきました。

その間、その社員の足らないところばかりに目が行き「普段あんなんだから、それが溜まって爆発してしまったんだ。」「あいつが悪いんだ。」ということばかり考えて、人にも説明したりしてきました。

でも、どうも腑に落ちません。

そんな中、心理学の講義を受けました。

その講義の中で、「相手に不快な感情を抱いた時は、自分の弱さを相手に見つけた時である。」という話がありました。

その時はあまりピンとこなかったのですが、少し時間を置いて、自分の中で金曜日の出来事が繋がっていきました。

金曜日にその社員に言われた事は本当はそうすべきであると分かっていたことでした。
でも、会社の都合上、そうせずにその社員に無理をさせていたことでした。

その事を言われて、反論できずに怒りという形で表してしまっていたのでした。

普段から「原因は自分にある。」と思いながらも、まだまだわかっていない自分に気づき、恥ずかしいという気持ちと、気づけた自分が嬉しいという気持ちを感じました。

少し勇気がいりますが、明日、その社員に謝ろうと思います。

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2004/10/04 (月) 「ローマは一日にして成らず」

野球にはほとんど興味はありませんが、イチローの84年ぶり、メジャー年間最多安打記録更新には鳥肌が立ちました。

ほんの少し前まで日本人が大リーグで活躍するなんて事は夢のまた夢という感じでした。
ましてや大リーグ史上に日本人が歴史を刻むとはすごいことです。

イチローがインタビューの中で言っていた「小さな事を重ねることが、とんでもないところに行く、ただ一つの道だと感じました。」という言葉に感動を覚えました。

一つ一つの積み重ねが、やがて大きな成果に繋がっていきます。

いきなり大きなことは出来ませんが、「小さな事からこつこつと」積み重ねていきたいと思います。

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2004/10/01 (金) 「直感を大切にする」

先日、とある地下駐車場に車を止めた時の事。

車を降りてしばらく歩いて、ふと「あれ?鍵かけたかな?」と思い、車に戻ってみると、車の鍵はかかっていたのですが、ルームランプがついたままになっていました。

戻るまでは、「多分かけたし、かかっていなかったとしても、別に盗られるものはないし、まっいいか!」「でも何か気になるなー」とほんの少し迷っていました。

その後3時間以上、駐車場に止めたままになっていたので、もし、その時に戻らなかったら、バッテリー上がりで困った事だったでしょう。

直感通り行動している時は、物事がスムーズに進みます。

何かを思った後に「どうしようか?」と考えて、直感で思ったこととは別の事をすると、あまり発展的なことにはならないような気がします。

思った事はあれこれ考えずまずやってみる。
それが自分を正しい方向に導いてくれるのでと思います。

トラックチャーター便
鈴鹿・亀山・引越